013716 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

(保管庫) 草食伝・・日本狼の復活かも・・違うかも・・・

(保管庫) 草食伝・・日本狼の復活かも・・違うかも・・・

《第11話》 【アルフレッド戦】

《第11話》 【アルフレッド戦】

 20才くらいの日本人の女の子がふたり入ってのグループレッスン。
講師は20代後半のアルフレッド。

 席につくなり、アルフレッドが俺をにらんできた。
気の強そうなしっかりした若者という印象だった。

アメリカ人の中にもリーダーがいるはずだと思っていたので聞いてみた。
「おまえがアメリカ人のリーダーか」

アルフレッドは俺をにらにつけたまま
「そうだ」と答えた。

そうか。
とうとう大物があらわれたかとすこし喜んだ。

「おまえが日本人のリーダーか」
とアルフレッドはお返しに聞いてきた。

「俺は日本人のリーダーじゃない。俺はひとりだ。・・・来い!」

 アルフレッドは、“なにか”を猛然とまくし立てた。
その“なにか”がよくわからない。
早口の英語でむずかしい言葉を使われると、こちらの回路はすぐドロップダウンする。
わかった言葉は“戦争”くらいだ。
あとはどうやらこいつは怒ってるらしいという雰囲気だけだった。

アルフレッドがふっと黙った。
今度は俺が言う番か。
「日本刀を知ってるか?」
「ああ、知っている」

さすが、日本に来ているアメリカ人だけあって、日本刀は知ってるか。日本刀は悪の武器というよりは、日本が世界に誇れる美術工芸品のはずだ。
これを使おうと思った。

「日本刀は世界一よく切れる。おまえの口よりもな」
アルフレッドはおたけびをあげながら立ちあがった。
「ノー」と言いながら何冊かのテキストを頭の上まで持ち上げた。
それをたたきつけるつもりか。そのあと、俺になぐりかかってくるつもりか。
俺は身構えた。
気合を入れたまま見上げていると、アルフレッドは、テキストをゆっくり置いて座った。
どした?と思ったら、黙って俺に握手を求める。

「それはどういう意味だ。白旗を揚げるということか?」
「そうだ」

白旗を揚げるということは、降参を意味している。万国共通のはずだ。
俺はおそるおそる握手した。
アルフレッドは思った以上に力強く俺の手を握ってきた。
バカでもチョンでも気が強いと見ていたアメリカ人が、これほどまでいさぎよく負けを認めるのか。

俺にもお返しの言葉が必要だと思った。
「日本では“ドロー”にすることを、“水に流す”という。・・・水に流そう」
「OK。水に流そう」

“水に流す”という英語がわからなかったので、“川の水に乗せる”という言い方をした。通じたようだった。

「川の水に乗せると、海にたどりつく。そこは、おおきなおおきな海だ」
と握手をしたまま言っていると、アルフレッドは目をつぶって「オー、おおきな海」とうっとりしている。
「その海は、日本とアメリカにつながる太平洋だ」
「オー、太平洋」
「その太平洋で、俺とおまえがであったら“太平洋戦争”だ」

アルフレッドは「オー、ノー」と叫んで、握手していた俺の手を振り切った。
「ジョークだよ」
と言うと、少し落ち着いたようで
「ジョーク、OK」
と言っている。

落ち着いたアルフレッドは俺に質問してきた。
「いま戦争の話がでたが、おまえは戦争をどう考えている。戦争はいいことか悪いことか?」

詰問というようなきつい表情ではなかった。
ただ俺の真意を知りたがっていると見えた。
ここはちゃんとまじめに答えるかな。

「人の命はなによりも大切なものだ。戦争は人が死ぬ行為だ。だから戦争は悪だ。だがしかし、その人を守るため、国を守るために戦うのは正しい。だから、戦争は正義だ」

アルフレッドは目をつぶっておおきくうなづいた。
「俺もそう思う」

戦争についてはこれまでも、政治家や宗教家や文豪や評論家の先生達が語っても語り尽くせない問題だ。
いまだに結論がでていないはずだ。
だから俺が戦争について言ったことが100%正しいという自信はない。
ただ、他国の人種も民族も文化も違う人間と意見が一致したということがうれしかった。

 次にアルフレッドは前にいる日本人の女の子たちを指差して言った。
「彼女達にも戦争について聞いてみてくれないか」

 神戸には日本語が話せない外国人も多い。
昔からも港町なので外国人の数も多く、日本語が話せなくても日常生活には支障がないようだ。
それで、俺に通訳を頼んできた。

 しかし、若い日本人に戦争について意見を聞くのはむずかしい。
その旨アルフレッドに伝えた。

そのかわり俺が日本人の女の子に聞きたいことがあった。
「ねぇ、もし、アメリカ人に日本人は箸を使うなって言われたらどうする」
女の子二人で顔を見合わせて
「使うなって言われたら、使わないようにするしかないよね」
なにぃ?

「それじゃ、アメリカ人になりたいかって聞かれたら、どう答える」
「それは、なりたいですね」
なにぃ?

アルフレッドも意味がわかったのか、ビクンと体を震わせておどろいている。
 俺は下を向いて泣きたい気持ちになった。
くやしかった。
いままで何のためにアメリカ人と戦ってきたんだろう。
涙が出そうになるなんて何年ぶりのことだろう。

 ふとアルフレッドが俺の肩に手を置いた。
人の手がこんなにもやわらかくあたたかいと感じたことがあっただろうか。
アルフレッドを見ると、首を横にふりその後おおきくうなずいた。
気にするな、だいじょうぶだよと言っているように見えた。
俺も軽くうなずいた。

 アルフレッドは
「この子達に人を殺すのはいいことか、悪いことか聞いてみてくれ」
という。
「かんべんしてくれよ。いくらなんでもそれくらいはわかるだろう」
「いいから、聞いてみてくれ」

「・・・ねぇ、人を殺すことはいいこと?悪いこと?」
「それは悪いことです」

ほっとして、アルフレッドにほら、わかってるよと伝えた。
「なぜ、悪いことなのか聞いてくれ」
外国人はすぐなぜ、なぜと聞く。
むりもない。文化が違うのだから聞かなければわからないことは多い。
聞いてみた。

「ねぇ、なんで人を殺すのは悪いことだと思う?」
「それは、法律で決まってるじゃないですか」

ふーん。
法律で決まってるからだってとアルフレッドに伝えて、二人同時にその女の子たちを見た。

たしかに殺人は刑法で禁止されている。
死刑までの罰もある。
だが、人を殺してはいけないということは、法律以前の人としての行いじゃなかったのか。
驚いた。

 アルフレッドは「オー、マイゴッド」と力が抜けて
「これじゃ、戦争についてわかるわけがないな」
 と言う。

「ああ、この子達は昔アメリカと戦争をしたことを知らないかも知れない」
「うそだろ?・・・聞いてみてくれ」

「ねぇ、日本が昔どこの国と戦争したか知ってる?」
「えー、日本は戦争しないよね」と日本人二人で顔を見合わせている。

 アルフレッドに、やっぱり知らないと伝える。アルフレッドは興奮して、俺の襟をつかんでゆすってきた。
「いったい、どういうことなんだ」

怒るのも無理はない。
アメリカも命をかけて戦ったのだから。アメリカ兵の戦死者も多数出た。
それを戦死者もずっと多く、被害が激しかった日本人が知らないと言うのだから、不思議を通り越して、変だと思うはずだ。

日本人は戦後かなり平和ボケをしている。
それなら、戦争はしないという平和思想はあるだろう。

「ねぇ、君達、戦争は悪いことだと思う?」
すると日本人の女の子たちは、また顔を見合わせて
「でもアメリカは戦争するよねぇ」と言っている。

ちょうど湾岸戦争の後だった。
今度は俺がアルフレッドの襟をつかんでゆする番だ。
「アメリカが戦争して見せるから、日本人が真似するじゃねぇか」

アルフレッドはあわてて
「あれは戦争じゃない。クウェートを助けるためにやったことだ」
ん?
俺も変なことを言ったぞ。
アメリカの戦争を日本が真似をする?・・・馬鹿じゃないの。
 またアルフレッドと二人で日本人の顔を見つめた。

アルフレッドが「なぜなんだ。なにが理由なんだ。学校で教育はしないのか」と静かに聞く。
「人を殺すことが悪いことということか?それは教科書に書いてない。戦争は少しだけ教科書に書いてある。でもテストが終わると忘れる」

「親は教育しないのか」
「日本人の親が教育するのは、あいさつと服装だけだ。大事なことは教えない」
「なんだって!」

「ただ、戦争の話は老人から聞くことがある・・・彼女たちに聞いてみようか」
彼女達も昔話としての戦争の話は聞いているかもしれない。
「親か、おじいさんから戦争の話を聞いたことはある?」
「はい、あります。おじいさんからすこし」
「おじいさんがその話をしてるとき、泣いていた?、怒っていた?、笑っていた?」
「うーん、ニコニコしながら話してくれましたよ」

やっぱり。過ぎてしまえば思い出話か。
アルフレッドに伝えた。
「おじいさんが笑いながら戦争の話をしてくれたそうだ」
「笑っていた?信じられない」
2度目の「オー、マイゴッド」だ。

「日本人は人が死んで葬式にいくと、笑っている人がいる。人が死ぬとは終わったことだかららしい」
3度目の「オー、マイゴッド」だ。

「日本人はおかしいぞ。なんで、こんなことになったんだ」
「育ち方だと思う。親の影響が強い。特に母親の。もう何百年も前から続いていると思っていいはずだ」
「母親の影響?」
「うん、日本人は6割から8割くらい女のほうが多いと見るとまちがいがない」
「女のほうが多い?」

「うん、アメリカ人のこどもの頃の母親はどんな人だった?」
「うーん、明るい人だった。いつもしゃべってた。」
「いつもか?」
「いつもだ」
「寝てるときもか?」
「・・・寝てるとき以外は、いつもしゃべってた」

「父親はどんなだった」
「父親はいつも黙っていた。だけど、大事なことを話すときは、恐い顔をしてきびしかった」
「戦争の話もか?」
「そうだ。きびしい顔で戦争は絶対するなと言っていた。おじいさんもそうだ。おじいさんの友人が前の戦争で戦死している。だから、絶対に戦争をしてはならないと言っていた」

「うん、わかった。父親と母親ではどちらが重い?」
「うーん、母親は軽い感じだ。父親は重い」

「そこだ。日本人は母親が重い。だから、男が女のように育つんだ。だから、世の中に女のほうが多くなる。それで、日本人は少し変だぞということになる」
「そうだったのか。でもなんで母親が重く感じる?」

「俺が調べたかぎりでは、こどもの頃に“おねしょ”をしたとき、母親に激しく怒られたせいだ」
「なんで“おねしょ”をして怒るんだ?」

「やっぱり、不思議に思うか。おまえは“おねしょ”をしたことがあるか?」
「もちろん、ある」
「母親は怒ったか?」
「怒らない。なぜ怒るんだ?」
「わからない。古い日本の伝統のようだ」
アルフレッドは なげかわしいという表情だった。

「もう、日本人の話はもういい。日本人はおまえだけでいい。・・・ところで、おまえはアメリカが好きか」
「うーん、アメリカ人は好きになった。でも、アメリカは好きではない」

アルフレッドはニヤニヤしながら、黙って俺を見ている。
「わかったよ。俺はアメリカを知りすぎている。それは俺がアメリカを好きだからだ」
アルフレッドは大喜びだ。
「OK!」

かなりアメリカ人と和解ができたようだ。
ついでにたのみがある。
「俺をアメリカへ行かせてくれないか。もう日本がいやになった」

アルフレッドは急にまじめな表情になった。
「おまえは日本にいてくれ」
「いてくれ?・・・なぜだ?」
「アメリカのためだ」
「またアメリカの都合か。箸の次は、俺の住む国をアメリカが決めるのか」

アルフレッドはあわてて言いなおした。
「ごめん。アメリカのためではない。アメリカ人のためだ。おまえは日本にいてほしい」
「うーん。俺が日本にいても、なにかできるような力はないぞ」
「なにもしなくていい。おまえのような人が日本にいてくれるだけでいい。それがアメリカ人もうれしいことだ」
「うん、わかった」

アルフレッドはほっとしたように俺を見ている。
「おまえは将来 なにになりたい?」
「ん?俺か?・・・“日本の父親”かな」

アルフレッドは、静かに下を向いて言った。
「もう、すでに、なってる」

『完』

 


 


《 目次へ 》


《 HOME 》



© Rakuten Group, Inc.